#20 【学生トレーナー向け】今の自分になるまで~キャリア形成の実例その1~

ひとりごと

今回は私のこれまでのキャリア形成についてです。

同じ職業に興味ある方や同じ職業を志して今、学生で進路に悩んでいる方向けの内容になっています。

こちらの内容は、#3#10の記事と重なる部分はありますが、合わせてご覧ください!

目次

1、大学時代

2、就職

3、現実と挫折

4、「自分を好きになれた」

5、今後

1,大学時代

まずはなぜ、この職業を志したかは#3をご覧ください!

そして、大学生となった1年生時は、正直ひたすら勉強していました(笑)

放課後、個室の自習室に解剖学や生理学など配られたプリントを切り貼りしてオリジナルノートを作ったり、

トレーナーの専門誌を読んだりして、知識や業界の人を知ったり、

バスケ部の練習やトレーナー部にも所属していたので、その活動が無いときなどは、

かれこれ放課後、5時間くらいは図書館にいました。

大学時代の勉強している様子

大学2年のときは、「勉強だけじゃ価値観が狭くなる!」

なんてよくわからない理由で、遊びに積極的にでかけるようになりました。

 

この年から清水翔太のファンになり、ここから毎年1回はライブに行くようになりました(笑)

清水翔太のライブに行った時の写真

バスケも現役でしていたので、創部された1年時は練習場所がなかなか無い中、この年の夏は場所と教えてくれる方が増え、創部から2年目で上のリーグへと昇格することができました。

ウエイトトレーニングもこの年から本格的にやるようになりました。

大学バスケ現役時代の写真
大学時代バーベルクラブの集合写真

大学3年時は、たくさんのやれることや、やらなければならないことが増え、

頭も身体もパンクした一年でもありました。

学内の勉強も増え、模試や実技試験、そしてトレーナー実習に加え、

#3にもある素晴らしいインターン先に出会えたり、、、

トレーナー部で部長として学生トレーナーの集いの参加などを計画したり、

バスケでも現役でやりながら

パワーリフティングの大会にでたりとなんか色々やりすぎたかなー(笑)

という感じの一年でした。

 

というのも理由があり、

大学4年時は国家試験を初めとする資格試験、その前に成績や卒後に関わる学内模試、、、

などひたすら勉強する日々になることをわかっていたからです。

 

それでもなんだかんだ9月か10月までバスケ部の方は現役としてやらせてもらいチームメイトには感謝でした。

インターン先のSCチームの集合写真
パワーリフティングの大会で優勝したときの写真

4年時は毎日、机で教科書やプリントとにらめっこしてました。

3年時から資格試験のための教科書も読んでいましたが、

それをまた何周も何周も読み返し、予想問題をとき、また読み、、

のひたすら繰り返し。

アスレティックトレーナー、S&Cコーチとの資格とは別に

柔道整復師という国家試験を受けるために学内成績に関わる柔道整復師の模試を毎月やり、

本当に本当に勉強しました。

本当にたくさんの文字を見ました。(笑)

大学の自習室

アスレティックトレーナーの実技試験の2週間後に国家試験など、

様々な壮絶な日程を乗り越え、受験した資格は全て現役で合格しました。

 

これも学校の先生方、共に戦った仲間がいたから乗り越えたことでした。

(正直もう一度4年間やれと言われたら

できる気がしないくらい、やりきりました)

大学時代の授業の様子
AT試験前の円陣
AT試験対策のときの写真
AT試験対策のときの写真

2、就職

さて、そんな壮絶な戦いを乗り越え「やっと社会に出れる!」と

私は働くことを楽しみにしていました。

これだけインプットしてきたことをやっとアウトプットできるからです。

(っとその前に実は就職ではなく最初は、

大学院に行こうとしていました。実力不足で断念しましたが、、、)

その前に就職場所を見つけた経緯を話します。

実は、#3で出会ったインターン先のアスレティックトレーナーの方から紹介していただいたのです。

その当時私は大学4年時で正直勉強ばかりで就活はしていませんでした。

そこで紹介していただいた場所が、昨年まで勤めていた、

都立大Physio Care & conditioning」というところです。

 

ちょうど、ストレングス(トレーニング)の分野は大学やインターン先で勉強出来ていましたが、

リハビリテーションの分野をもう少し理解を深めたいと思っていたので

とても興味深く、お願いをして働かせていただけることになりました。

 

しかし、私は大学時代勉強に時間を割きたい(というワガママで)

派遣のアルバイトしか不定期にやっていなかったため、

社会の働くシステムをちゃんと理解しておらす、

週3回勤務のアルバイトから1年目はスタートしました。

また同時期にこれも#3に書いてある

インターン先の先輩SC小玉さんからお誘いいただき、

LEOVISTA Basketball Clube」のアシスタントストレングスコーチとして

関わらせていただくことになりました。

3、現実と挫折

あるあるなことかもしれませんが資格を取ったし、

社会にでても通用すると思っていました。

しかし、やはり現実は違いました。

 

わかっているようでわかっていない、知識が使えないという感じでした。

施設の上司には、「固定観念を捨てろ」と何度も言われ、

どれが必要な知識で、どれが固定観念かわからなくなったこともありました。

 

というのも私には現場経験が少な過ぎました。

知識を現場で応用させる、使うということがわからなかったのです。

 

一度、頭をある意味まっさらにして

クライアントのありのままの姿を評価する。

よくわからない表現かもしれませんが、

ありのままを見るって実は難しいんですよね。

おっと、少し余談にはなりましたが、

そこでやっとインプットとアウトプットのバランスの大切さを学んだのです。

その反省から二年目は水球のお仕事も頂いたりして、

身体がどうなってもいいからとにかく現場に行こうと決意し、

施設の二年目からは正社員として働きはじめました。

上司は私の活動も理解してくださっていたので、

時間に融通を聞かせていただいたりしながら、

スケジュール的に休みなく施設、スポーツ現場と活動させていただきました。

しかし、あるとき大きな失敗をしました。

私の愚かさにより、収入の3分の2を占めていた仕事を失いました。

また、親族がなくなったりとプライベートも仕事でもどん底まで行きました。

これは一年目からですが、金銭にも余裕なく

食べるご飯は毎日、白米にふりかけご飯でした。

(新潟出身なので米だけはたくさんありました)

正直、何度もこの職業を辞めようと思いました。

終いには普段する呼吸さえ吸いづらく、辛くなって行きました。

そして、何度も命を断とうと思いました。

でも臆病な私はそんなことも出来ず、

正直恥ずかしい話ですが、親の助けを借りながらギリギリで

なんとか生活していました。

光のない毎日、これからどうなるかわからない不安、

毎日の仕事へのプレッシャーやストレス。

 

生きていても何もいい事はない。

自分に笑顔がなくなっていることにも気づき本当に辛かった。

そんなある日、その日も呼吸がしにくく辛かったためベットで横になっていまいした。

外の世界の人は何をしているんだろう、とFacebookを開いたら

あるブログが目に入り、そこから私の人生は大きく変わりました、、、

まとめ

1、勉強は全力で!

2、現場にはたくさんでよう!

3、出会いを大切にしよう

その2へと続きます!!

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